房総半島と三浦半島をアートで結ぶフリーペーパー『ARTISTIC BAY BREEZE 』での、ル・ファーレの代表、山口惠子のエッセイです。タイトルは、「南房総ラレンタンド」〜音楽、アート、自然… 暮らしを、次第にゆるやかに〜。ラレンタンドは音楽用語で「次第にゆるやかに」、アートで心と身体をゆるやかに、スローにしていってほしい、という願いを込めました。
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南房総ラレンタンド2 音楽・アート・自然・・・暮らしを、次第に緩やかに 文:ル・ファーレリゾート代表 山口惠子
令和元年房総半島台風の爪痕
2019年は多くの房州人にとって、人生を変えてしまうような災害が自分ごととなった、おそらく初めての年だったのではないだろうか。9月の台風15号が通り過ぎた朝、外へ出ると強い風に屋根は吹き飛ばされ、なぎ倒された電信柱や大木があちこちで道路を塞いでいた。粉々に割れて地面に飛び散っているガラスが、そこらじゅうでキラキラ光って太陽の光を反射している。めちゃくちゃになった街を目のあたりにして、多くの人がただ唖然としていたと思う。私も同じように、ただただ驚いて、変わり果てた街の姿をぼんやりと眺めていた。
2、3日して、よくピアノ演奏に伺う紋屋旅館さんをお見舞いで訪問した。いつもコンサートが行われる海の見えるロビーラウンジでは、抜けた屋根からザンザン雨が降ってきて床に降り注ぎ、それを従業員さんたちが必死になってワイパーで外へ掻き出している。私は絶句して、そのまま泣き出してしまった。きっと房総中、どこでも同じようなことが起こっていたのだろう。しかし、本当に大変なのはそれからだった。
残暑が厳しい中、停電が続いた。夜はろうそくを灯し、冷たい水のシャワーを浴びる毎日。そのうちにダムが電源を喪失し、ついに水道も出なくなった。被災した家屋は、工事が100人待ち、200人待ちで全く直せる見込みが立たない。お年寄りだけのお宅では、災害ゴミの搬出などもほぼボランティア頼みだ。
そのうち、同級生のLineグループで、各自の状況を報告し合うようになった。「うちの親、電話出ないんだけど大丈夫かな」「停電長くない?いつまでだろうね」「もう辛い!水シャワー浴びてたら涙出てきた」「こっちは電気来たけど、そっちはまだダメ?」「きっとあと一息だから頑張って」… こうした小さな気持ちの交換に、この時期どれだけ助けられ、また励まされたかわからない。
南房総のWe Are The Worldを
後にこの日々を振り返ったとき、一つの詩ができた。「あんまり強い嵐が吹き荒れたから、心の灯まで消えそうになって…」。令和房総半島台風の復興ソングは最初こんな風に、災害下で友人達と交わした言葉、その思いを綴ることから始まった。電話してもつながらない、被災地の両親を心配する友人達の思いはそのまま「届かない電波の向こうに、僕らの気持ちが届きますように」という言葉となって詩に綴られた。
被害の大きな地区へとボランティアに行くと、瓦礫を片付け、飛ばされた屋根にブルーシートをかける作業が黙々と続けられていた。こんな状況だというのにこの土地を離れようとせず、ブルーシートの屋根をじっと見つめている房州のお父さん、お母さん達の姿を後に思い出した時、「この場所を諦めたくない君が、見上げる空と海と屋根のブルー」という言葉が心に自然と浮かんできた。
ある日の夕方、被災地に大きな虹がかかったことを思い出し、虹を希望の象徴として詩をまとめようと思い立った。試行錯誤の末にようやく歌詞が完成した。これを市内の音楽イベントで発表しようと考え、作曲をミュージカル劇団を主宰する遠藤さんにお願いし、いただいたメロディに編曲を施した。明るく前向きな気持ちになれるよう、少しポップなアレンジで元気よく… こうして「虹を見たかい〜Have you seen the rainbow?」は誕生したのである。
この曲は「南房総のWe Are The World」にしたい、というはっきりしたイメージが最初からあった。幸い私の会社、ル・ファーレリゾートは音楽イベントの企画を行っていて、ここ4年間は毎月一本、地域のアーティストのコンサートを開催していた。そこで関わった南房総シンガー達に片っ端から打診して、こんなことをやってみたい、と協力を求めた。「ル・ファーレ復興ソングプロジェクト」の始まりである。歌の割り振りを考えるにあたっては、本家We Are The Worldで言ったら誰が誰なのか、イメージを当てはめ、役どころを探ることからスタートした。
冒頭のライオネル・リッチーにあたるのは、作曲者であるから、このプロジェクトで言ったら遠藤園さんであろう。続くポール・サイモンは、旦那様の敏彦さん。1番のサビ、ダイアナ・ロスにあたるのが歌姫RIYOさんだとしたら、マイケル・ジャクソンにあたるのは繊細で透明感ある歌声のKeiさんだろうか…。
ほとんど妄想に近いこの作業を、ひたすら続けていく。精悍なジェームズ・イングラムは網代芳明さんで、ワイルドなブルース・スプリングスティーンはハナホウさん、アル・ジャロウは個性が際立つスキャット後藤さん。ボブ・ディランがブルースマンの親方こと仲村宏晃さんだとしたら、おばちゃんアイドルグループのえ〜ころ❤︎バーバンズは、さしずめポインターシスターズか…。
ご本人が聞いたらびっくりするかもしれないが、そんなことを大真面目に考えながらしばらくテトリスのようにあっちこっちにシンガーの名前を置き、割り振りを考える日々が続いた。そのうちにミュージカル劇団の子ども達や房州ジンベクラブなどの地元の団体、そして鴨川自然王国のYaeさん、そしてX JapanのToshiの実兄である出山謙一さんなどの大物アーティストもコンセプトに賛同し、次々と参加表明してくださった。そしてそれぞれ全く違うメンバーに少しずつ役どころを当てはめながら、ようやく一曲の中での割り振りが決定した。打ち込みで、と考えていたバックトラックも、富津観光大使のWaKaNaさんや、ジンベクラブを率いる奈良大介さんなどのご好意で、生演奏をレコーディングできる運びとなった。
コロナ禍で、思いがけずオンラインの世界へ
いよいよレコーディング、そしてコンサートというタイミングで、新型コロナがやってきた。音楽や舞台に関係する方が皆さんそうであったように、このプロジェクトもまた、大きな打撃を受けた。ル・ファーレの一番大きいスタジオで集まって一斉に撮影、録音と思っていたのだが、密になるスタジオレコーディングは中止せざるを得なかった。出演予定のイベントも次々と中止となり、プロジェクト自体、もう頓挫かと思われた。
「この繋がりをなくしてしまうのはもったいないです!」メンバーのKeiさんから届いたのは、星野源さんのinstagramにあげられた「うちで踊ろう」だった。星野さんが1人でギターで弾き語りをしている、たった1分間の短い動画。そこに日本中の人が自分の歌や楽器演奏、ダンスなどのパフォーマンスを重ねる形でコラボレーションをし、創造性を花開かせていた。それは自粛ムードの閉塞感を覆す、圧倒的なコンセプトだった。「私達もなんとかオンラインでできないでしょうか?」
これをエンジニアである山口泰氏に相談すると「オンラインレコーディング、やりましょう!みんなが自宅でヴォイスレコーダーで録った歌声があれば、僕がそれをCDにします」と言ってくださった。さらに動画編集を趣味としている息子のリヒトが、Youtubeで配信する動画を編集してくれると申し出てくれた。こうして復興ソングプロジェクトは、期せずして勢いよくオンラインの世界へ飛び出すことになった。
各アーティストが自宅で撮った動画を送ってもらい、編集できたところからYouTubeで配信し、最後に完全版を発表する、というスケジュールを立てた。最初に動画が揃ったのは1番のサビのお二人、RIYOさんとKeiさんだった。その頃には私は極度の疲れとプレッシャーから帯状疱疹が出てしまい、なんとかベッドから第1回のYouTube番組のナレーション撮影をし、息子に編集してもらってアップロードした。当時は、こんなことを始めてしまい、どうしようという気持ちしかなかった。
希望から、繋がりの架け橋へ
結果的にこのプロジェクトは、オンライン上に乗ることによって、より多くの方に南房総の現状を知っていただき、支援に繋がったと思う。赤字覚悟だったCD制作は、クラウドファンディングで予想外の協賛を集め、房州枇杷の枇杷山再生や布良崎神社の再建、沖ノ島の森の再生といった復興のプロジェクトに寄付をするまでとなった。コロナ禍に、音楽を介して繋がりを持ち、そのパワーを復興へと繋げていく。思いもかけない方向に進んだ復興ソングプロジェクトは今もなお、更なる繋がりを生み続けている。
オンラインで合唱団を作って歌を広める人、自発的に子ども達に歌を教える人、英訳を作ってくださる方や、この曲をカバーしてコンサートで歌う方々… 私は「この曲を演奏してみたい」という声に応えて、ひたすら楽譜を書く日々である。
もう一つ素敵なスピンオフがあった。南房総の花農家の奮闘と再興を描いた、NHK FMのオーディオドラマ「風のあと咲き」の音楽制作を私が担当することになり、そこでも復興ソングが流れることとなったのである。こちらも大きな反響があり、ドラマ終了後にはオリジナルサウンドトラックを制作する運びとなった。
「虹を見たかい」で復興への希望の象徴として描いた虹は、今や繋がりの架け橋のシンボルとなりつつある。そして「風のあと咲き」がリリースされる2020年12月、時代は「風の時代」へ移行する。240年の時を経て、1人1人が個性を打ち立て、光を放つ個の時代へ入っていく。そして、そんな時代に私は、南房総に風を吹かせたい、と思っている。希望という名の風、「Wind Of Hope」を。
山口惠子 House & Studio ル・ファーレ白浜 オーナー。音楽のあるリゾート作りを目指し、貸別荘経営の他、出張演奏、音楽制作、イベント企画なども。プロデュースした、ル・ファーレ復興ソングプロジェクト「虹を見たかい~Have you seen the rainbow?」、NHKFMシアター「風のあと咲き」オリジナルサウンドトラック 好評発売中。 http://le-phare.jp/